それじゃゴーヤじゃなくて瓜じゃん

先日、ゴーヤをもらいました。

ゴーヤって、外見が見ようによってはグロテスクではないですか。もし、漂流してゴーヤの自生地に流れ着いたとしても、
「どんなにお腹がすいても、あれだけは食べてはダメ」
と思うような外見です。しかも苦いし。人間は苦味を毒と認識してきたから、ここまで生き延びたんじゃないの?

そのゴーヤは、会社の近所の人が栽培して収穫したものなのだそうです。最近、家でゴーヤを栽培する人が増えてきたと聞きました。ちょっと種を植えるだけで、すくすく育って、ひと夏のうちに20本は収穫できるそうです。

確か、小学校の頃は、学校でへちまを育てておりましたが、みんなで無事収穫を終えたはいいが、
「だからなんなの?」
と醒めてしまうほど、へちまの可能性は狭かった。だって、へちまたわしか、へちま化粧水くらいしか利用できないんだもん。強いて言えば、冬瓜のようにお味噌汁の具にいれるくらい。それにくらべれば、ゴーヤの方が、立派な給食の具にもなれる気がする。その日は「沖縄デー」にして、ゴーヤチャンプルとソーキそば、タコライス、おやつに「ちんすこう」の組み合わせなんか、いかがでしょう。

あの中のわたをキレイに取り除いて、薄切りにして塩もみをすると、えぐ味が薄れるのですが、なんかこの頂いたゴーヤはそれほど苦くありません。都会育ちだからかしら。都会って言っても、川越なんですけど。ここまで苦味が少ないと、サラダの彩りにしてもいい気がするのですが、やっぱりこのイボイボのルックスがイマイチ。洗ってもちゃんと汚れが落ちているか疑惑だし、緑の虫が貼り付いていてもわかりにくいし。絶対にないとは思うのですが、この先、表面がつるりとしたゴーヤが、品種改良されて出回らないものでしょうか。