ヒールジョーズ

私が利用する電車は、東京駅の最深部にホームがあるため、エスカレーターでえんえんと運ばれていかなくてはならない。駅に入ってから電車に乗るまでに5分以上かかるが、同じ東京駅を利用する京葉線は、「これはもう隣の駅に着きましたよね?」と思わせるほど歩かせるので、それに較べればマシだと自分を慰めながら利用している。

しかし、このエスカレーター、とにかく長い。下りなら階段を使ってもいいと思うのだが、エスカレーターは20基近くあるのに、階段がひとつも見あたらない。急ぐ人はエスカレーターの右端を歩くようになっているので、エスカレーターを階段代わりに使えばいいのかもしれないが、できればこの長い下りのエスカレーターは使いたくない。なぜなら。

映画「ジョーズ」で、サメが登場して人間を襲う前に、あの独特な「今にも誰かが襲われそうな音楽」が聞こえてくるが、このエスカレーターでも、あの、「今から凶暴な生き物が襲ってくる音楽」が、私には聞こえてくる。それはハイヒールがカツカツと鳴る音とともに。履きこみの浅いサンダルや、バックストラップのない靴をはいている時に出る、あの音。私はあの音が大嫌い。

エスカレーターで左端に立っている時、後ろからカツカツカツという小さな音が、カツカツカツカツカツカツと近づいて来た日にゃ、「ギャ〜許して〜。もうしません〜」と叫んでみたり。いや叫ばないけど。

私の友達は、3万円ほどしたジル・サンダーのミュールを履いて階段を下っていたところ、前にいたおじさんから「つっかけがうるさいっ」と怒鳴られたそう。「つっかけって・・・」とヘコんでいたが、ヘコみどころはそこじゃないだろう。頭痛の時にあの音を聞かされると、「今、私は新しい拷問の仕方を考え付きました」と思うほど、何もかも自白したくなる苦痛を感じる。

あの音を出す人は、音が出ることに喜びを感じているのだろうか。それか、もしかして音もおしゃれの一部なのか。だとしたら、その靴のデザイナーを吊るし上げたい。で、耳元で、遠くなったり近くなったりするカツカツ音を聞かせる、という拷問方法を試してみたい。ちなみにジル・サンダーを履いていた友達は、「音に気付かなかった」と言っていた。嘘でしょ?